1 暗号資産(仮想通貨)の呼称
暗号資産(仮想通貨)取引が世の中に浸透して久しいところです。
暗号資産はデジタルデータとしてのみ存在しますが、「コラム:『デジタル遺産』の法律問題」でも触れたように、『デジタル遺産』としての検討対象を故人の保有していたデジタルデータと考えれば、暗号資産はまさに『デジタル遺産』の一つといえます。
ところで、「暗号資産(仮想通貨)」という呼称についてですが、従前は、FATF(マネーロンダリングに関する金融活動作業部会)や各国法令で使用されていた「virtual currency」の和訳として「仮想通貨」という用語が資金決済に関する法律などでも使用されていました。
しかし、近時のG20等における「crypto-assets」(これを和訳すれば「暗号資産」となる)との用語使用に関する国際情勢や法定通貨との混同の防止といった観点等から、「情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」(令和元年5月31日成立)によって「仮想通貨」の呼称が「暗号資産」に変更されています(同法1条)。
本稿においても、これに倣い「暗号資産」の呼称を使用することにします。
2 暗号資産に対する権利の法的性質、相続対象性
相続が発生した際の典型的な相続財産には、例えば、不動産や銀行預金が挙げられます。
不動産については、その所有権を相続し、銀行預金については、銀行に対する預金債権を相続することになります。
相続の場面では、このように被相続人が有していた各権利を相続することになるわけですが、それでは暗号資産に対する権利はどのような権利で、それを相続することができるでしょうか。
暗号資産は、秘密鍵を管理することで排他的支配が可能であり排他的支配可能性のある財産的価値であるとは言えそうですが、あくまでデジタルデータであって有体物ではないところです。
「コラム:『デジタル遺産』の法律問題」でも触れたように、民法上の「物」について有体性を要件とする見解からは、無体物であるデジタルデータについては民法上の「所有権」は観念できないことになります。
そうすると、暗号資産に対する権利は所有権ではないと言えそうです。
それでは、暗号資産に対する権利は債権になるのでしょうか。
債権とは、特定の人が特定の人に対して一定の行為を要求する権利であるとされます。
しかしながら、ブロックチェーン技術をその根幹的技術とする暗号資産については特定の運営者がいない分散型のシステムであることをその特徴としており、権利を請求する特定の相手方を観念することができないシステムといえます。
従って、暗号資産に対する権利の法的性質は、債権と考えることも難しいといえます。
その他、暗号資産に関する私法上の法的性質に関する議論においては、物権又はこれに準ずるものとする見解、財産権とする見解、暗号資産に財産権等を認めず事実状態とする見解等がありますが、現状のところ統一的な見解まではないと考えられます。
以上のように、暗号資産に対する権利の法的性質については不明確なところですが、法律の規定をみると、資金決済に関する法律における暗号資産の定義においては暗号資産が財産的価値であることが示されています。
また、民法の定める相続に関する原則は「被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」(民法896条)とするものであり、所有権を含めて物権、債権、知的財産権等のほか明確な権利義務といえないものでも財産法上の法的地位については全て包括的に相続の対象となると解されています。
さらに、暗号資産の税務上の話として、参議院の財政金融委員会における国税庁次長による答弁として、暗号資産に対して相続税が課税されるとしたものがあります。
以上のような点からも、暗号資産が相続の対象となること自体にはあまり争いがないと思われます。
なお、上記は暗号資産自体に対する直接的な権利関係について検討しましたが、多くの暗号資産保有者は暗号資産交換業者を通じた取引により暗号資産を保有していると考えられ、その場合には、暗号資産交換業者に対する債権的請求権を観念することができ、その権利を相続するといったことは想定されます。
相続発生時の手続を準備している暗号資産交換業者もありますので、その場合には、その手続にて相続手続を行うことになるでしょう。
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