コラム:消したい『デジタル遺産』に関する法的な処分手段とその効果
1 『デジタル遺産』とは
近時、各種メディア、インターネット上においても、『デジタル遺産』という言葉を聞く機会が多くなりました。
デジタル遺産について現状法律上の定義はありませんが、故人のデジタル機器に保存されたデジタルデータ(オフラインのデジタルデータ)及びオンライン上のデジタルデータやアカウントがこれに含まれ、それら故人の保有していたデジタルデータが『デジタル遺産』としての検討対象となると考えられます。
時にそれらデジタルデータが記録された(有体物である)デジタル機器を含めて:『デジタル遺産』という用語が使用される場合もあるかもしれませんが、有体物であるデジタル機器自体については動産としてこれまでの相続実務における処理と同様になると考えられますので、新たな検討対象としての『デジタル遺産』としては、デジタルデータがその対象となると考えています。
オフラインのデジタル遺産には、パソコン、スマートフォン、タブレット、デジタルカメラ、デジタルムービー等々あらゆるデジタル機器内のデジタルデータが想定されます。
オンラインのデジタル遺産としては、暗号資産(仮想通貨)、NFT、SNSアカウント、Eメールアカウント、クラウドサービスアカウント、WEBサイト及び当該アカウント等に蓄積されたデータ等々挙げれば切りがなく、サービスの数だけデジタル遺産としてのデータが存在するといえます。
『デジタル遺産』全般のお話については、こちらのコラムもご参照ください。
2 『デジタル遺産』の死後の消去
上記のようなデジタル遺産について、死後の消去を望む場合もあるものと思われます。
そのような場合に法律上の手当としてはどのような手段があるでしょうか。
①遺言での手当
デジタル遺産について、相続発生後の処分・消去を望む場合には、付言事項としてデジタルデータに関する処分方法の要望を記載することは可能であり、強制力はありませんがこれについて相続人が任意に要望どおりのデータ処分を行うことはあり得ます。
また、データ処分・削除等を行うことを負担とした、負担付遺産分割方法の指定又は負担付遺贈とすることも検討されます。
もっとも、付言事項としての記載は任意の処分を期待するにとどまり、また、負担付遺贈は一方的な行為であるため、受遺者は当該遺贈を受けるか否かを検討し放棄も可能とされますので(相続放棄の可能性について同様)、その効果には一定の限界があるといえるでしょう。
②死後事務委任契約
デジタル遺産に関する事前の対応として、遺言への記載の他には、データ処分やWEB上の各種サービスの削除・解約等を特定の人物に委任する死後事務委任契約の締結も検討され得るところです。
一定の効果は期待されますが、例えば、実際に本人の死亡について死後事務委任契約の受任者に適切な通知がなされるか、通知までのタイムラグの間にデータが見られてしまうのではないか等の事実上の問題点はあるかもしれません。
なお、委任者の死亡は委任契約の終了事由とされている(民法653条)こととの関係、任意の解除権(民法651条1項)との関係は以下の2つの裁判例が参考となります。
「自己の死後の事務を含めた法律行為等の委任契約が○○と上告人との間に成立したとの原審の認定は、当然に、委任者○○の死亡によっても右契約を終了させない旨の合意を包含する趣旨のものというべく、民法六五三条の法意がかかる合意の効力を否定するものでないことは疑いを容れないところである。」(○○につき筆者による修正)(最判平成4年9月22日)
「委任者の死亡後における事務処理を依頼する旨の委任契約においては、委任者は、自己の死亡後に契約に従って事務が履行がされることを想定して契約を締結しているのであるから、その契約内容が不明確又は実現困難であったり、委任者の地位を承継した者にとって履行負担が加重であるなど契約を履行させることが不合理と認められる特段の事情がない限り、委任者の地位の承継者が委任契約を解除して終了させることを許さない合意をも包含する趣旨と解することが相当である。」(東京高判平成21年12月21日)
③余談:本人自身による事後的データ処分
事実上の手段であるため余談とはなりますが、技術的には、本人自身が、その使用するパソコンに、一定条件をトリガーにパソコン内のデータを削除するといったソフトウェアをインストールすることも検討はされます。
あるソフトウェアでは、削除したいファイル・フォルダを指定し、削除を実行する日を設定することで、実行条件を満たしている状態でパソコンを起動すると、自動であらかじめ指定しておいたファイルやフォルダを削除し、設定していたメッセージを画面上に表示するという動作をする。実行日の設定については、具体的な日時、何日間経過後又は当該ソフトウェアの最終起動日からの期間の設定が可能なようです。
その他、ソフトウェアによってはデータの削除の発動のために当該ソフトウェアのアイコンを遺族が起動する必要があるものもあり、それについては遺族が当該当該ソフトウェアを起動しなかった場合にはデータが消去されない事態の可能性もあるでしょう。
上記のような事後的消去ソフトについてはそもそもパソコンの電源を入れる必要があるため、やや特殊な状況ではありますが、パスワードロック回避の一環として、デジタルフォレンジックと呼ばれる一連の技術・作業により、パソコンを起動せず、ハードディスクドライブのみを取り出してデータ調査を行うなどの場合には効果が発揮されないといった可能性もあるでしょう。
オンラインのデジタル遺産としての各種アカウントについては、万一の場合に備えたアカウント削除等の設定が可能なものもあります。
著名なSNSでは、ユーザー本人は、事前に、万一の場合にアカウントを機能制限のかかったアカウント(「追悼アカウント」等と呼ばれる)へ移行するという設定や、アカウントの削除の設定を行うことができるとされています。
また、著名な総合的WEBサービスのアカウントには、ユーザーが一定の期間自分のアカウントを利用していない状態が続いた場合に、そのアカウント・データの一部を公開したり、他のユーザーに通知したり、又はアカウント・データを自動的に削除する設定も可能なものもあるようです。
3 法的処分手段の効果の限界と対応
上記2①、②でみたように、死後消去したいデジタル遺産について、それを自分以外の第三者に委ねる一定の法的手段が存在するところではありますが、その効果には一定の限界も存在すると考えられます。
もちろん確実な消去としては自身による生前のデータ消去がベストといえるわけですが、必ずしも生前にゆっくりとデータ消去ができるような状態でない場合の備えとして、法的手段によるデジタル遺産の消去・処分の手当に意義があるものといえるでしょう。
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